2012年06月28日

固定観念を打ち破る斬新なハンコビジネス!

月間電脳工場、編集員の中川です。
 日本のものづくりを支える企業の施設を見学させていただいたり、経営者様にインタビューをするこの"突撃取材"。毎回色々なお話を聞くたびに刺激をうけ、感心させられ続けております。

 さて皆様、ハンコと聞いて何を連想しますでしょうか?朱肉をつけ、紙に押すハンコ。
 今回はこのシンプルな商品の中に世の中のニーズとアイデア、そして大きな夢をもとめ奮闘する株式会社岡田商会 取締役 岡山耕二郎様に今年の3月号に続き、2度目の取材に応じていただきました。

 【編集員、中川】
 お久しぶりです、今年の3月以来ですね。今回も取材協力ありがとうございます。
 さて、前回は子供たちが幼稚園、小学校に入学する際の道具に適した名入れのスタンプ"おなまえ〜る"のセットが楽天で売上の部門ランキングの1位になったとのことで、
 アイデアを生み出す方法などについてお話を聞かせていただきましたが、
 その後新たなるアイデアとの出会いはありましたでしょうか?

 【岡山さん】
 そうですね、ずっと通常ハンコに抱くイメージとは違ったものを考えています。
 "え!?こんなことにハンコを使うの??"という面でお客さんの興味をひくものを考え続けていますね。

 そんななか、100均ショップで透明のビニール傘を買ってきて、それに耐水性スタンプを押してみたり、→http://www.stamp-daisuki.jp/2012/05/100.html

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トートバッグにスタンプを使ってデザインをしてみたり。
http://www.stamp-daisuki.jp/2012/06/blog-post.html

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ハンコではあまりイメージしないような用途で新しい可能性を探っています。
 無地のTシャツにスタンプをしてオリジナルなものにするというようなことも考えました。

 【編集員、中川】
 アイデアを出す作業はとても楽しそうですね。
 やっていて楽しいというのもあるのではないですか?

 【岡山さん】
 周りから遊んでいるのではないかと思われそうで少しそわそわしますが(笑)
 必死に日々試行錯誤しています。

 【編集員、中川】
 アイデアを生み出すコツみたいなものはあるんですか?

 【岡山さん】
 ハンコを事務用品というカテゴリだけで考えてしまうと本当につまらなくなってしまうんです、その固定概念を外すだけで如何様にも面白いアイデアが浮かんでくると思うんです。

 とある人の対談を読んでいて、「メールがこれだけ発展していて、紙もどんどん少なくなってきているし、ハンコは終わってしまう」ということを言っていて、それにとてもショックをうけたんです。でも結局その人はオフィスワークの中でのハンコのことしか目に入っていなくて、視点を変えるとハンコは色々な可能性を含んでいるということに気がついていないと思うんです。
 ハンコに対する固定観念を外す。これが大切なんです。
 【編集員、中川】
 どういったタイミングでアイデアが思い浮かんできますか?

 【岡山さん】
 普段、お客様とお電話させていただいたり、メールをさせていただいたりしていますが、
 色々なことをリクエストしていただけるんです。

 たとえば、バランスゲームでジェンガというものがありますが、
 あの木のブロックにスタンプしてほしいという人がいたり、
 ライフジャケットに自分のネームをスタンプをしたいという人がいたり、
 想像もしない発注がくるんです。
 そんなお客様の声がアイデアの源になっていますね。
 結局、印刷屋に頼んだら値段が高くついたり、ロットの関係で受けてもらえなかったことが、スタンプで出来ないだろうかということで話しがくるんだと思うのですが、
 印刷でやってることをスタンプで楽しくやることが出来るんではないだろうか?
 という逆転の発想に結びついているような気がします。

 【編集員、中川】
 なるほど、しかし良いアイデアが浮かんでも、星の数ほどある競合オンラインショップのなかでうまく成果を上げていかないといけませんよね?

 【岡山さん】
 そうなんです、弊社はECサイト、楽天を通じて商売をしているところが大きいので、
 いかにお客さんの惹きつけるコンテンツを提供できるか。
 そういうところがとても大切になってきますので、例えば楽天大学というカリキュラムを利用して、お客様を魅了できるようなアイデアが出せるように仕事の合間をぬっては"魅了道"というテーマのものを勉強するように努めています。

 価格を下げてハンコを売るということだけでは、結局お客様に価格以上の商品の魅力を伝えることができないですし、ハンコ業界を安売りしか期待されないような業界にしてしまうような気がするんです。
 アイデアに溢れた商品の魅力ある本質を伝えるようなコンテンツを真剣に考えなければ、
 ECショップでは本当の意味でお客様を満足させることはできないと考えていますし、ひいてはハンコ業界の衰退に繋がると考えています。

 ハンコ業界を色々な面で期待されるような業界に変える。
 そういう様なことをやっていきたいと思い、そのために日々勉強が欠かせないと思っています。

 【編集員、中川】
 これからはどのような商品が消費者の心をつかむと思いますか?

 【岡山さん】
 少しキザな言い方になりますが、答えはお客さんがもっているんです。
 バランスゲームのジェンガにハンコするという話しをしましたが、
 お客さんも「これに印刷してくれるところはあるんだろうか・・ん?これハンコで出来るんとちゃうやろか?」といった一連の試行錯誤があったと思うんですよね。
 そして実際にそういった相談がくるわけですから、我々がアイデアを創造することももちろんですが、お客さんからアイデアを頂戴している。という様に感じています。

 この業界の人は固定観念に縛られやすく保守的だなあと感じることが多いのですが、お客さんは本当に柔軟な発想をもっていて、驚かさせられることも多いんです。
 ハンコ業界全体でもっと斬新なことにチャレンジし、その先駆けになるようなことをどんどん考えて、お客様の心をつかんでいけるように頑張りたいです。


 【編集員、中川】
 本日はありがとうございました。

 【取材を終えて】
 今回の取材を通して感じたことは、日々の生活の中でいかに固定観念という枠が人の生活を退屈にしているかということでした。
 固定観念を外し、新しいアイデアを創造するということを突き詰めれば、その人のものの考え方、人間的な魅力を深め、大袈裟かもしれませんが人生をより一層楽しむことに繋がると感じました。

 これからの岡山さんの活躍がとても楽しみです。


【Hankos.com】
http://www.rakuten.ne.jp/gold/hankos/

【Facebook】はんこであそぼ。
http://www.facebook.com/pages/印鑑はんこSHOPハンコズ/245115778860633


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2012年03月27日

町のハンコ屋さん。アイデア一つで楽天売上ランキングのトップに!

世界中でIT化が急速に進む現代、鉛筆を持つ機会よりもパソコンを使う機会が増えるなかで、

特に重要なことを記すものは今でも紙とペン。そして最後に必ず印鑑を押したものではないでしょうか。


朱肉をつけ、紙に押すハンコ。

今回はこのシンプルな商品の中に世の中のニーズとアイデア、

そして大きな夢をもとめ奮闘する

株式会社岡田商会 取締役部長 岡山耕二郎様にお話しをうかがってまいりました。

 

Q.今も昔もハンコというものは広く社会で必要とされ、今後も無くなることはないものだと思うのですが、

近年その業界で特に力を入れていかなくてはならないものは何だと考えていますか?

 

A.今はメールを送信してOKの時代ですよね。特にここ5年のうちに急激に紙を使用するということが

会社でも少なくなってきていますね。

そうなると、弊社のような会社はこの先どうやっていこう・・ということになるのですが、

ではハンコというのは「紙に使用する以外にどういう使い道があるだろうか?」ということを

常に考えることが大切だと思っています。


Q.御社の商品が楽天のハンコ部門でトップの売上を記録したそうですね。


A.ある日、同業者から「子供が小学校に入学するんだけど、教材や体操服などに名入れするものが多くて大変だ」

という話を聞いたんです。

それを聞いたとき、とっさにスタンプが役に立つと考え、色々と調査をしました。

道具に名入れをするというものは他でも既にあったようなのですが、

弊社では、小学校に入学する子供たちがどのようなものに名入れをするのか。

そしてどのような内容のスタンプを揃えれば役にたつのか。

といったことを徹底的に社内スタッフと考えたんです。

 

【名入れスタンプ“おなまえ〜る”】


http://www.onamae-le.com/


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子供が喜びそうなパッケージ

 


 
 

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インクとスタンプを梱包



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豊富なスタンプパターン

 

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くっきりとしたフォント

 

Q.アイデアを生み出すために習慣的にやっていることはありますか?

 

A.特に意識をしているわけではないのですが、ソーシャルネットワーク。

TwitterFacebookは色々なアイデアがつまっていると感じることが多いです。

たとえば文具好きな人の”つぶやき”を日々観察していると、「こんな文具があればいいのにな・・」という類のことがよく見て取れるんですね。

そこの“つぶやき”をただの落書きとして見るのではなく、本気で世間のニーズとして見るように意識するとアイデアが湧いてきます。

その他には、全く違った分野の店を多く見て回って、何が売れているのか?ということを無意識に調査しているように思います。そこで「何故この商品がお店に置かれているのか?」というその意味まで考えるようにしています。

そうすると、今時のお客さんが何を求めているのか?という予測ができるんです。

そういったことから自分のアイデアが膨らんできます。

あとは、やはりお客様と直接やりとりするということは大切にしていますね。

私の立場からすると、そこはスタッフに任せておけばいいのかもしれませんが、

そうしてしまうと、本当の意味でのお客さんの声が伝わらなくなってしまいますよね。

直接お客様の声を聞くというのは、頭だけではなく“皮膚感覚”でわかるというか。(笑)

同じ場を共有するということで自分だけでなく、お客様もこちらのことをわかってもらいやすいんです。まあ“皮膚感覚”という言い方をしましたが、理屈を超えてお客様と信頼しあえる機会を作ることは大切なことだと思うんです。


業者が「こんな商品があったらいいのでは?」と考えだすものと、

お客様が「こんな商品がほしい」というもののズレがいつも大きすぎるんです。

お客様からすると、ハンコ業界の「ハンコはこうあるべき」というようなものは、

どうでもいいんですよね。そしてハンコ業者はお客様の気持ちが見えてないことが多いと感じています。


そいういう意味では弊社は業界の言うことは聞かず、「お客様の言うことが全て」

ぐらいの気持ちで日々商品について試行錯誤しています。



Q.今も昔も変わらず重要書類は必ず、紙にハンコだと思うのですが、

それでもやはり不景気を大きく感じることはありますか?

 

A.それはもちろん往々にしてありますよ。(笑)

10年や20年前というころは、ハンコというのは皆が必ず使うという考えがあったので、

一本が数万円というものが当たり前に売れてた時代がありました。しかし今ではそうではありません。


私はネットを使用した販売経路を10年数年ほど前からやっていますが、

その中で感じてきたのが「ハンコは高価なものではなく、安く手に入ればそれでいい」といったお客様の意識の変化でした。

100円均一ショップに並ぶハンコを何も考えずに実印として使用する人が増えていますが、あれはとても危ないことで、同じものがたくさん出回っているハンコを使用するっていうのは本当はとても危険なことなんですよね。銀行員もその危険性を考えずに届け印として登録しています。ああいった類のハンコは認め印として使用するもので、ハンコを使用する意味というのをちゃんと分っていないと本当に危険なんです。



Q.
御社の今後のビジョンをお聞かせください。

A. ビジョンを掲げても結局その通りにならない。というのはあるのですが・・笑

お客様がデザインしたものをそのままスタンプにするというサービスをやっていて、

このサービスはお客様の喜びの度合いが大きいと感じているんです。

これはこちらの都合ですが、デザインをするという手間が省ける分、効率もとても良いですし、お客様がデザインするものを見るだけでも本当に楽しいです。

 

そしてこれからはそのサービスをスタンプだけではなく、表札にしてみたり、名刺にしてみたり・・というように色々幅を広げていくサービスを展開できればと考えています。

 

本日はありがとうございました。


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【取材を終えて】


今回取材させていただいた、株式会社岡田商会 取締役部長 岡山耕二郎様。

昭和52年生まれの同い年。

同じ歳とは思えないほど仕事に対するバイタリティーがある方でした。

会社の経営が危機的な状態にあった時期は、取締役として寝る間もなく、

死にもの狂いで業務にあたられた時期もあったそうです。


しかし、常に「お客様の声」に耳を傾け、顧客満足の徹底追及。

これを惰らなかったことが、経営危機を乗り越える原動力になったとおっしゃられていました。

アイデア一つで楽天の売上ランキングを1位に。


お話を聞いていて、そのアイデア一つを生み出すことは本当に簡単なことではないと感じました。

 

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2011年06月22日

大阪市にある株式会社フジ医療器様に行ってきました。

今月の体当たり企画は、大阪市にある株式会社フジ医療器様に行ってきました。
大型家電量販店に行けば、多くのメーカーのマッサージチェアがずらりと並んでいて、
試しに座ってみて、気持ち良さのあまり長時間そこに居座ってしまったことはありませんか。
そのマッサージチェアを世界で初めて量産を開始し、現在「目指すものは心のマッサージ」のスローガンのもと、販売シェアNo.1を誇るのが株式会社フジ医療器様です。
歴代の代表がゼロから業界を創り、数百億にまで成長させてきた歴史を引継ぐ、
代表取締役会長 木原定男様が株式会社フジ医療器様のものづくりについてお話くださいました。
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Q、御社の世界初であるマッサージチェアはどのように誕生したのですか?

A、弊社は1954年、昭和29年の戦後間も無い時期に、創業者である故・藤本信夫が大阪市阿倍野区阪南町に「フジ医療器製作所」を開いたのがはじまりになります。
銭湯にタイルを洗うブラシ(たわし)を販売していた藤本信夫が銭湯の脱衣所をつかって何かできないかと考え、マッサージ器の開発に着手したんです。初期の試作品は“ゴミの山から”ボールやチェーン等の材料を集めてきては組み立てるといったものだったんです。その試作品をもとにマッサージ器を開発したのが最初です。

Q、販売台数が伸びてきたのはいつごろですか?
A、当初は主力商品であるコイン式のマッサージ器を置いてもらうためにリヤカーに積み込み、銭湯の煙突を目印に街を歩き回って営業活動をしていたそうです。使うお客様も初めて見るマッサージ器がどのようなものか分からず、座って動き出すまでは顔がこわばっていたそうです。しかし一度体験すると、非常に心地よい表情になり好評を得たんです。そして次第に「ウチで売らせてほしい」といった問合せが多くなったんです。
着実に売上を伸ばしていきましたが、1970年の大阪万博が終わった頃「家庭でもマッサージチェアを使用したい」というお客様の声から、家庭用のマッサージチェアの開発・販売へと進んでいきました。
販路が広がり一般家庭となったことによって、テレビショッピングでの販売も行いました。60秒の放送を一日30回。一番よく売れた時期で、一回の放送につき東京で80台、大阪で60台ほど売れました。それが30回ですので、生産ラインもフル稼働で良い時代でしたよねえ。機能面も叩きと揉みが一台でできるようになり、しかもそれが安くなり、テレビショッピングという当時新しい売り方がマッチしたんです。
しかしそういった劇的に売れる時代というのは長くは続くものではなかったです。

Q、営業職を経て会長に就任された木原様ですが、営業時代に印象に残る事柄や苦労したことは何ですか?

A、苦労をあまりしてないので、苦労話といわれても・・。笑
というより、苦労は明日の糧になるものなので、苦労と思ったことがないんです。
貧乏生活をしたこともありますが、それも苦労とは思っていません。
私は1968年に入社し、新入社員研修もないなか、まず三重県の鳥羽に営業に行かされました。どうしたらよいかわからなかったんですが、6台のマッサージチェアが売れました。商品の認知度がまだ低かったので、それを知ってもらうためにとても努力しました。
口コミを広げるために、まずは大きな旅館などから営業し、最初は無料で置かせてもらって1ヵ月後くらいに再訪問し、料金箱にお金が入っているのを見せ、お客様に喜ばれていることを見せて提案していました。そのような営業を継続しているうちに旅館にマッサージチェアを置くことが評判になり、まだ置いていない旅館・温泉場などに提案していき、売り上げを伸ばしていきました。

あと印象に残った事柄で勉強になったと感じたのは、若かった頃、小売をしていた時代に「この人は買ってもらえるな。この人は買ってもらえないな。」ということを、お恥ずかしい話ではありますが、服装など身なりで判断していた時期があったんです。
とても反省しているのですが、買わないだろうなと思ったお客様には対応がいい加減になったこともありました。
ある日、絶対買わないだろうなあと思った方に、それを表すような明確な対応をしてしまったことがあったんです。しかしその方はマッサージチェアを値段も聞かずに1台ポンと買っていったのです。
後で分かったのですが、その方は当時の某大手企業の副社長でした。
まずい対応だったので納品の時に、そのことを正直に謝ると、その方は全くそんなことを気にもせずに、商品を喜んでくださいました。そして“良い商品だ”ということで、次から次へとお客様も紹介してくださいました。
自分の接客を見つめなおしたと同時に、やはり“良い人に物を売りたい”と思いました。
“類は友を呼ぶ”ではありませんが、紹介してくださった方は皆ほんとうに人として、器が大きい人柄の良い人ばかりでした。

Q、株式会社フジ医療器の会長として大切にしている思想や行動は何ですか?

A、一番大切にしているのは「約束を守る」ということですね。とても基本的なことですが、たとえば、ねじ一本で送料は500円かかるようなご注文でも確実に素早く対応する。お客様はちょっとしたことでも全て覚えているので、このような誠実な対応が信頼、長いご愛顧につながっていくと考えています。
そして、「人との出会い」も大切にしています。何十年も取引のなかったお客様でも、自分のことを覚えてくれていることはとても嬉しいこと。自分自身も出会った方々とのつながりを大切にしています。

Q、個人的に今一番、興味を持たれていることは何ですか?

A、IT系・通信系の新商品にはよく興味を持ち、実際に買って触ってみて、その商品が何故ヒットしているのか?そういうことを考えることが好きなんです。
初心者でもすぐに楽しめて、上級者も飽きない商品が、非常に魅力的に感じます。

-----インタビュー終了------
木原様は取材が終わったあとも、冗談を交えながらプライベートなことなど同じ目線で話してくださいました。マッサージチェアに座らせていただいたわけではありませんが、お話させていただいて、とてもリラックスしている自分がいました。「目指すものは心のマッサージ」その信念が人柄に表れているように感じた取材となりました。

【株式会社フジ医療機】
http://www.fujiiryoki.co.jp/

【オンラインショッピング フジ医療機モール】
http://www.fuji-mall.com/

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2011年05月25日

大阪市にある株式会社柴田ゴム工業所様に行ってきました

今月の体当たり企画は、大阪市にある株式会社柴田ゴム工業所様に行ってきました。
最近ではすっかり見かけなくなったゴムボールのおもちゃ。
ビニール製の安価なボールに押されつくり手も減る一方。
世の中からゴムボールのおもちゃが消えようとしています。
株式会社柴田ゴム工業所様は、その希少なゴムボールをつくりつづけることにこだわる会社です。
どこか温かみがあって懐かしい。その“古き良き”を守る心意気を代表取締役である柴田純司様にお話しを聞いてまいりました。
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Q、最近ではあまり見られなくなったゴム製のボールですが、どういった経緯で作るようになったのですか?
そして今もなおゴムボールにこだわって製造しつづける理由は何ですか?

A、私の父が昭和21年に創業し、私はその翌年に工場であり住まいでもあったこの家で生まれ育ちました。いまでも防空壕がある古い建物です。
元々は先代が鉄工所をやっていたのですが、戦時中に鉄砲の弾などを作らされるようになってから、いっきに嫌気がさし閉鎖したんです。
戦後スポンジのボールを手で練って作りだしたのが最初で、その流れでゴムボールを作るようになり、私が継ぐようになりました。

ビニール製のボール等、海外から入ってくるものには材料費などの問題もあって、太刀打ちできないなあというのが正直なところです。
しかし、昔の駄菓子屋さんに置いてあった100円や200円で売られているようなゴムボールは、弊社が製造をやめてしまうと無くなってしまう気がするんです。そうなるのがとにかく嫌な気がするんです。
そういったことでずっと続けていますが、今でもゴムボールを置いてくれる雑貨屋のお婆さんが、ビニール製のものに比べて遥かに利幅の低いゴムボールをお店においてくれて、納品に出向いたついでに缶ジュースをもらったりするととても申し訳ない気がします。笑

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Q、ゴムボールが一番景気良く出荷されていたのはいつ頃でしたか?

A、プラザ合意が発表され、為替が変動相場になるまでは良かったんです。
それまでは3拠点を有し、大手メーカのボール部品の製造やバッティングセンターにも多くボールを納品して利益をあげていましたが、今では1拠点になりその頃の10分の1ですわ。笑
一番売れていたのは・・そうですねぇ・・孫の手についている肩たたき用のゴムボールでした。実はあれを最初に作ったのは弊社です。
何かの番組で、あれを作ったのはどこかの○○が最初だということを言ってましたが、あれは嘘ですね。笑
最盛期の時には全国のお土産屋にあるその肩たたきボールは全て弊社がつくったものでした。
しかし、100円均一ショップが登場しだすと一気に発注は止まってしまいましたね。
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Q、情熱的にこれまで続けてこられたという感じがとても伝わってきますが、ただ単に儲けるためというより、他にもっと何か大切な志をお持ちになられてるように思いますが?

A、お金はそりゃ儲けたいですよ。笑 でも大手企業の方から、中国にわたってゴム製品の工場長としてやってくれと頼まれたことがあった時に、この工場をたたんでという条件でしたのでそれは断りました。
そうなるとやはり私は儲けるということを第一としてゴム製品を作っているということではないようで、工場の従業員さんを経営者として守らなければいけないということも勿論ありますが、やはり日本の子供たちに昔ながらのゴムボールを残しておいてあげたい。
今でもそういった昔ながらのやり方で作っている場所がありますよということ知ってもらいたい。
色々なことでテレビの取材等がよく来ますが、全てオープンにさせていただいています。
そういったことが一番の目的としてありますので、やはりそのお話を受けることはできませんでした。

今年に入り、東日本大震災がありましたが、版権の関係で売りものとしては出すことが難しいアニメのキャラクターの版をボールに印刷し、被災した子供たちが遊べるようにボランティアとして無料で、持っていってもらいました。
経営は苦しいですが、子供たちを笑顔にしたい。そういった気持ちのほうがやはり強いみたいです。

Q、今後、挑戦していきたいことは?

A、これは少し自慢になりますが、弊社で作っているゴムボールがJAXA(宇宙航空研究開発機構)の衛星はやぶさ回収時の衝撃吸収素材として採用されたんです。
こういったプロジェクトに関わることが今後もあるなら、また挑戦してみたいと思っています。
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【株式会社柴田ゴム工業所】
http://www.shibata-gum.com/

【ゴムボール 製造過程】
http://www.shibata-gum.com/rubberball/process.html

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2011年04月27日

大阪府堺市にある森本刃物製作所様に行ってきました

今月の体当たり企画は、大阪府堺市にある森本刃物製作所様に行ってきました。
通商産業大臣認定伝統工芸士 森本光一様が代表を務める森本刃物製作所は、刃物を研ぐ、心を研ぐ、堺の研ぎ屋さん。
昔ながらの製法を大切にしつつ、職人用和庖丁からナイフなど1本1本鋼から鍛冶で成形した生地を砥石で丁寧に研ぎ、心を込めて堺刃物を作っています。
今回はその一流の刃物つくりについて、森本は者製作所代表の森本光一様に色々とお話をうかがってまいりました。
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Q、大阪府の伝統的工芸品の堺打刃物には600年以上の歴史があるそうですが、何故堺に優秀な職人が集まったのでしょうか。

A、堺の町は、古く縄文時代から始まり仁徳陵古墳などが築造された古墳時代を経て、安土桃山時代には中世自由自治都市として繁栄しました。
また、室町時代から江戸時代初期、旧堺港を中心とした国内および海外との交易で栄え、豪商による自由都市として発展近世にかけて鉄砲、刃物鍛治を中心とする産業を育みました。
1600年程前、種子島に鉄砲が入ってきて、それと同時に煙草も入ってきました。
そこで煙草を切る庖丁を堺の職人に作らせたところ、非常によく切れたので当時の幕府がそれを専売にして全国に売りに歩かせたのがきっかけという一説もあります。
その一方、堺は鉄砲もつくっていたが、時代が流れるにしたがって世の中が平和になり、鉄砲職人の仕事が減ったころに鍛治の技術を刃物製造に使わせたところ、非常に優秀だったので・・という一説もありますが、きっと鉄砲を製造していた鍛治の技術は(堺は自転車の製造でも有名なので)自転車製造のほうへ流れていったと私は思います。
自転車のパイプを製造する鍛治の技術は、鉄砲の筒を製造する技術に非常に近いので恐らくそうだと思われます。
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Q、刃物の生産地は日本全国にあり、生産地によって性質、種類も多種多様とのことですが、同じ刃物で何故そのように種類が豊富になっていったのでしょうか。

A、刃物の産地にはそれぞれ、その土地柄に求められる技術があります。堺の刃物は料理庖丁として認められた歴史を持っています。
板前さんや料理人さん、いわゆるプロを相手に庖丁を作ってきましたので、一般家庭で使われるものよりも高い品質を要求され続けた経緯もあって、上質な料理包丁の産地となりました。
国内の料理包丁のシェアでは70〜80%を占めています。
ただ量産という面で堺は力をいれずに昔ながらの製法を守ってきましたので、一般家庭用の刃物として購入できるようなものとしては、あまり認知度はないかと思います。
岐阜県の関市では時代の流れの中で、いち早く生産の自動化に力を入れ、量産する技術に長けていますので、広く一般で使われる刃物の産地としては有名です。
そういう意味で刃物における日本の関、世界の関と言われる所以ではないでしょうか。

Q、堺の包丁がプロの料理人から特に支持をうける理由は何ですか?

A、もちろん切れ味ですが、切れ味といっても良く切れればそれでいいというわけではないんです。
生魚などを切った面の状態が美しいか、それが全てになってきます。
包丁には両刃と片刃がありますが、プロの料理人でなければ扱いの難しい片刃の庖丁を作らせれば堺は他に負けないと思います。
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Q、職人をずっと続けてきて、一番辛かった時代はいつ頃ですか?

A、特になかったですね。(笑)仕事を始めたきっかけは、親父の後を継いだというだけのことでしたし、私はあまり若い頃に仕事をしなくて、月に10日働けばいいところでしたよ。(笑)
しかし、仕事をし始めてすぐに親父が病気になったので、教えてもらえる人がいなくて思い出しながら見よう見まねで自分の仕事を完成させてきました。
苦労というよりはツキがなかったかなあとは思いますね。

Q、そういった事を経て伝統工芸士として認定されましたが、ご自信で「一人前になった」と感じたのはいつ頃からですか?

A、若い頃に遊びすぎてたので・・・あまりそういったことを考えたことはなかったんですが・・・(笑)
気が付けば伝統工芸士として認定され、堺刃物協同組合 理事に選ばれるなど周りからそのように声をかけていただけるようになるたびに、自覚がでてくるようにはなりました。
ただ、堺刃物協同組合とはいっても私は競争組合だと思っていますので、皆で切磋琢磨し、一人前だとは思わずに日々仕事の質を高めていくという意識をもちつづけています。
他の職人が10枚砥ぐのであれば自分は12枚砥げるようにしよう。他の職人が1000円でうけている仕事であれば、自分は1200円払ってもらえるような仕事をしよう。
そういった負けん気が大切です。

Q、職人として最も嬉しいことは何ですか?

A、やはり自分の仕事を褒めてもらえた時が一番嬉しいです。
堺の刃物つくりは“鍛治”と“研ぎ”が別々なので、研ぎ士がどれほど良くやっても、鍛冶屋がだめだったら良いものができないです。
そのまた逆もいえますが、我々のものづくりは2つで1つなので、鍛冶屋を選ぶ目を持つことも研ぎ士の腕なんです。
鍛冶屋のうったものを研ぎ師が研ぐ。その段階で鍛治屋の仕事の良し悪しが研ぎ師には見えてきます。
古くから伝わる日本刀にはよく名前が掘ってありますよね?あれはその刀を作った人が“その刀を使って負けた場合は責任をとります”という意味だと思うんです。
我々のつくる庖丁にも名前を入れ、それだけの責任をもって日々仕事に取組んでいます。

Q、最後に森本刃物製作所の今後のビジョンをお教えいただけますでしょうか。

A、ビジョンというより願望になりますが、今は国の方針で、売れるものを作れとかいうようなことを言われますが“本物の仕事”を見る機会というのがあまり無いんです。
そういう意味で“作り手が見える場所”というのがほしいですね。我々、伝統工芸士が働いている場所である、工場とかは人様に見てもらうような場所ではないんですよね。
仕事をする場所なので、1人や2人くらいは来てもらっても大丈夫ですが、大勢はとても対応できないですからね。


本日はありがとうございました。

【森本刃物製作所】
http://www.morimotohamono.com/

【森本刃物製作所の仕事】
http://www.morimotohamono.com/slideshow/#0

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2011年03月23日

大阪市にある大阪錫器株式会社様に行ってきました

今月の体当たり企画は、大阪市にある大阪錫器(おおさかすずき)株式会社 様に行ってきました。
お酒を飲むときに錫(すず)製の酒器を使用すると、とても美味しく飲むことができるそうです。錫はお酒を燗にした時など、雑味を消し、かどの取れたとても良い味にする特性があるそうです。
大阪錫器株式会社様は江戸時代の後期に創業し、現在国内の60%を越える錫器のシェアを占めています。代表を務める今井達昌様は通産大臣より認定された伝統工芸士。職人として活躍し、数々の賞を受賞しておられます。今回はその今井達昌様に職人としてのものづくりにかける思いを聞いてまいりました。
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Q.創業が江戸時代の後期だということですが、その当時はどのような流れで製造がはじまったのですか? 

A.弊社だけではなく大阪の錫器というのは、ほとんど京都から移ってきたものなんです。
というのは、元々錫は遣唐使、遣隋使の時代に日本に伝わってきました。
当然その時代は貴族社会だったので京都中心に錫が広まっていきました。
武家社会も含め一般にも錫が広まっていったのが江戸時代で、徐々に経済の中心になりつつあった大阪へ工房ごと多くの錫がに移ってきました。
弊社はどちらかというと店舗を構えるというよりも、作り手としての歴史をもつ会社ですから、暖簾をかけて何代目という情報があれば詳細なルーツを追い易いのですが・・「スズヤイヘイ」という職人が京都から大阪移って始めたというのが最初だということは聞いています。笑

 
Q.とはいうものの、長く伝わってきているものを継ぐということになった時に大きなプレッシャーなどがあったと思いますが?

A.無かったです。笑 もともと物をつくるのが好きでしたし、家の仕事を手伝い始めるということで、めちゃくちゃ単純な動機ですが、大学をでてから就職活動をせずに楽でいい。くらいの感じでしたよ。笑

Q.職人をずっと続けてきて、一番辛かった時代はいつ頃ですか?
 

A.辛いというよりも、「意見が合わない」というのが歯がゆかったです。
私は当時の代表である父の息子として職人をスタートしたわけですが、
そういうことであってもこの世界は職人としての技術が伴わなければ誰も言うことを聞いてもらえません。入ってからは修行に精進し、父や職人とぶつかりあいながら必死にやってきました。


Q.平成11年2月に通産大臣より伝統工芸士としての認定をうけましたが、ご自身で「一人前になった」と感じたのはいつ頃からですか?
 

A.ものを作る人間は自分が一人前だと思った瞬間で終わりです。
そこからは何も伸びません。自分がこの仕事が出来ると思えばそこで終わりです。
職人として、もう一つどうすれば良いものができるか、を常に探求できない人は、周りから見れば頼りない人で終わってしまいますよね。今日出来たものより明日はもっと・・の繰返しです。


Q.錫器の全国シェアが60%強だということですが、大阪錫器の製品がそれだけ支持される理由は何だと思いますか?
 

A.弊社のような小さな会社が全国シェア60%っておかしいですよね。笑
でもそれはやっぱり時代のニーズを考えいるからかな?と思います。
伝統工芸品と聞くと古いものだというイメージがあると思いますが、伝統工芸品は昔からの技術。それが途絶えたら終わりです。しかしそれが今日まで伝わっているのは各時代にあったものを作り、時代を乗り越えてきたからだと思います。技術はそのままに、時代に合わせたものを考えていく。ですから伝統工芸品は決して古いものではなく、時代に合った新しいものとして今でも支持されているのだと思います。


Q.具体的に昨今のニーズに合わせたものとはどういった商品になりますか?
 

A.タンブラーやジョッキ類ものがそうだと思います。
今の人がどういったデザインに惹かれ錫器を手にとってくれるのか。
シンプルですがそういったことにも敏感に対応する必要があります。錫はとても熱を通しやすいのでなかには籐巻きを施し、熱くても持ち易いように機能面を考えたものもあります。
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Q.錫器を作るうえで最も技術のいる工程は何ですか?

 

A.それをよく聞かれるのですが、どの工程が不十分であっても製品にならないんです。
仮に錫を溶かして型に入れ込む時点で60点だとしたら、それを超える製品は生まれないんです。他の工程でカバーするということは出来ないんです。そういう意味では全てが重要で技術のいる工程になってきます。


Q.多くの賞を受賞していらっしゃいますが、職人をしていて一番嬉しかったことは何ですか?
 

A.作ってる我々からして一番ありがたいのは、買って使ってもらった人に「あれ良かったですよ」と言ってもらえることです。賞をとったということも嬉しいことではありますが、賞を取ることが私の仕事ではないので・・。
会社が潰れそうになったときに大きな商談が決まり、潰れずに済んだということもありましたが、それは経営者としての喜びであって職人としては、月並みではありますが、やはり使ってもらった人に喜んでもらえることが一番嬉しいことです。


Q.大阪錫器株式会社の今後のビジョンは何ですか?
 

A.そんなものは無かったりして。笑
取材に来ていただいて無いでは困りますね。笑
特に先立って「こういうものを作る」といったことを決める作業というのはしないんです。日々作りながらこういうものはいいのでは?と思えばそのアイデアを取り入れていくということはもちろんしていきますし、若い人材が発案してくることも大いに取り入れています。

あとは、自社からどのように情報を発信していこうかということも良く考えます。
販売先は楽天で部門ランキング1位。総合ランキングでも13位くらいには入ってきているようです。出荷が多くなる時は販売先がパンク寸前になるそうです。笑

 
 
本日はどうもありがとうございました。

大阪錫器株式会社
http://osakasuzuki.co.jp/

錫器の工程
http://osakasuzuki.co.jp/koutei.html

【楽天】職人魂.com
http://www.rakuten.ne.jp/gold/syokunin-soul/suzuki/suzuki.html

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2011年02月23日

大阪府豊中市にある株式会社ハーズ実験デザイン研究所【METAPHYS】様に行ってきました。

今月の体当たり企画は、大阪府豊中市にある株式会社ハーズ実験デザイン研究所【METAPHYS】様に行ってきました。

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昨年2010年度のアジアデザイナーアワード グランプリ受賞をはじめ、アジアデザインアワード金賞受賞やGマークでお馴染みのグッドデザイン賞 金賞受賞など、数多くの賞を受賞されている代表取締役の村田智明社長。出張で世界各国を飛び回られており、なかなかアポイントがとれなかったのですが、この度お話を聞かせていただくことができました。多くの企業と協力しあい、独自ブランド「METAPHYS」を展開する村田社長。多忙の中、大変丁寧に株式会社ハーズ実験デザイン研究所のものづくりについてお話いただけました。

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Q、METAPHYSというデザインブランドとして、多くの企業とのパートナーシップと共に、商品開発を手がけられていますが、それぞれの商品をデザインしていく上で最も重要なことは何だとお考えですか?

A、現在、日本の製造業は空洞化がすすんでいますが、そういった局面にあっても日本は国際競争力のある良いものを作っていかなければなりません。

私たちの本業はデザインやマーケティング、サービスといわれるものに分類されると思いますが、本当にそのデザインやブランディングがその企業にとってサービスになっているのか?デザイン料がその企業にとって無駄になっていないか?という面をよく考えます。

METAPHYSではデザイン、マーケティング、ブランディングの一切を任せていただいています。

METAPHYSではデザインを始める前に、多すぎる経験と情報の中で、本質が見えなくなっているのではと、一度打ち合わせの時に詰め込まれた情報を白紙に戻すことに重点を置いています。

そして、真っ白になった時、誰がどこでいつ、どんな状況にあって、どんな問題が起こり得るのか。ある時間の流れを想定し、その中で人がとる行為をシミュレーションしていくことで、「常識の歪み」を見つけ出し、それを解決する新たな常識を見つけ出すことをしているんです。この「デザインの少し前」のプロセスのことを「行為のデザイン」と呼んでいます。

そして複数の企業や団体が協力し、1つのブランドを売り出す。「もののあり方、作り方、流れ方(流通)の3つを考え直して、本来あるべき姿へ導く」という思想に共鳴して会員となったパートナー企業とともに、企画、デザインから、ものづくり、マーケティング、流通企画まで一貫して行い、出来上がった商品は「METAPHYS」コンソーシアムブランドとして販売しております。

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Q、デザイン事務所というのはクライアントの要望を聞いてデザインをそれにあわせてするものだと思っていたのですが、デザイン、マーケティング、ブランディングの一切をMETAPHYSでするというスタイルは、クライアントとベンダーの立場が入れ替わったような感じですか?

A、はい、そうとも言えるかもしれません。今までは我々が完全に“こういう感じのをやってください”と言われてやっていたのですが、METAPHYSでは逆に“この企業ならこういうものができる。つくれる。”という見極めをしていきます。プロデュースデザインと言ったところでしょうか。それをすることによってありきたりなものはできないと考えています。ですから完全に作りたいものを作らさせていただいています。立場が逆転しているような環境で、それを色々な中小企業様がサポートしてくださっている感じです。

これからは「この企業ならこれができる」といった企業のポテンシャルの見極めを我々がすることが重要で、そこから面白いコラボレーション、面白い商品が生まれてくると考えています。いま中小企業が目標を見失っていると思います。何をやればいいのかかわらない。そういった製造業界の中で企業のもっている力を見定める。プロデューサー的な人が必要となってくると考え、その役割を我々が担っています。

Q、METAPHYSブランドとしてリリースされた商品の中で、一番印象にのこっているものは何ですか? 

A、“hono”というもので、電子キャンドルです。この商品はMETAPHYSとして一番最初にリリースしたものです。本物のロウソクのような火のゆらぎを表現し、口で息を吹きかけると一瞬ゆらぎ、明かりが消えます。ロウソクやキャンドルの明かりを楽しむとき、それはマッチやライターをつかって火をつくり、それを芯にまで運ぶときに始まっている、といっても良いのではないでしょうか?この“hono”は一般的なライトのような電源スイッチはどこにも見あたりません。明かりを灯すときには、付属のマッチ棒のカタチをしたスティックを使って、本体を軽く擦る。するとオレンジのひかりが灯ります。人間とロウソクの長い歴史的な関わりを考えれば、最新のテクノロジーはまだまだ不器用で融通の利かないものだったのかもしれません。私たち人間の自然な行動に即した動きをし、我々がつぎに行う行動を予測して動作する。それこそが、人間にとっての本当の技術であり、道具のあり方といえるのではないか。そんなことを“hono”は私たちに考えさせてくれると考えています。

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Q,本当にリアルに火の動きが再現されていますが、どのような構造になっているのですか?

A,それは秘密です(笑)

Q、METAPHYSとは別になりますが、村田様のデザインされたものでマイクロソフト社のXbox360がありますが、あのプロダクトはどのような経緯であの形が形成されたのですか?

A,初期のXbox(通称バツ箱)は横置きオンリーだったんですが、Xbox360では縦置きも想定したデザインを考慮しております。縦置きにして見ると、中央がくびれた形状になっていますが、この形だと本体内側のエアインテークがとても良いんです。サーマルソリューション(熱の流れの設計)に重要な形は、立てても、寝かしても成り立つ360度ルックスなんです。基盤の配置を熱の流れを計算した結果、この形が形成されました。その他に電源を入れるためのくぼみを用意することで、人の手が自然とそこに導かれるような“行為のデザイン”をしているんです。

 

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   初代Xbox(通称バツ箱) 


      

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村田智明氏デザインXbox360


今日はお忙しいところありがとうございました。


【株式会社ハーズ実験デザイン研究所】
 http://www.hers.co.jp/

 
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2011年01月26日

大阪府東大阪市にある株式会社ロブテックス様に行ってきました。

今月の体当たり企画は、大阪府東大阪市にある株式会社ロブテックス様に行ってきました。創業1888年(明治21年)の老舗企業。両手バリカンの発明、製造販売を始め、国産初のオールドロップフォージングによるモンキレンチ製作に成功。職人さんやツールマニアの間で知る人ぞ知る日本有数の工具メーカー。独自の技術とブランドを展開し、近年ではにっぽんこうぎょうきかく(JISまーく)既成の概念にとらわれない商品作りと信頼性の確立を目指し、様々な展開をされています。今回は、その商品コンセプトとブランド戦略について、企画開発部の北川勝之様にお話を伺ってまいりました。
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Q.国内外の工具メーカーと競合していくための商品コンセプトがあると思いますが、御社ではどの様なことを意識して商品作りを進めていますか?

A.日本製、MADE IN JAPANをコンセプトとし高品質をアピールする方向で商品開発をすすめています。他社では価格の崩れが見られたりしますが、そういった価格の追随ばかりをしてしまうと、どうしても品質が疎かになってしまいます。我々ももちろんコストパフォーマンスの点を努力しますが、それよりも品質を崩さない。MADE IN JAPANの姿勢を第一とした品質の維持、向上を目指しています。

その他には、2008年10月以降に製造した商品よりJISマーク(日本工業規格)を製品から外しております。というのも2008年の10月からJIS規格の制度が変更になり、海外輸入品であっても基準を満たしているものはJISマークを付けることができるようになったんです。そういった経緯を踏まえ、弊社のロゴマークが業界では認知度が高い位置にあると考えておりますので、そのエビ印が品質を保証します。ということをもって、他社との区別化を図っています。
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Q.エビ印が品質を保証するというアイデアが生まれるには、ロゴマークの認知度が高いということの他にも何か裏付けがあってのことだと思いますが?

A.ハイブリッドモンキレンチというものがありまして、口の広がりや強度などをJISでは規格化されていますが、この商品はその規格を上回るスペックとなってなっています。実はオーバースペックでもJISには認定されないんです。その規格に囚われずに、機能性の向上を計り、重量も更に軽量化し、強度も落とさずにしております。また最新のモンキレンチでは、通常ナットを二面で固定する構造になっていたのですが、三面で固定する構造にし、ナットがなめて破損してしまうということを防ぐことができる商品も発売し、更に進化し続けています。これは弊社の商品がJISマークを外す前から販売しておりましたが、他の商品に比べても格段売上が良く、「JISマークが無くても良い商品であればお客様に認めてもらえる。」といった裏づけになりました。そういった経緯もありJISマークではなく、エビ印が弊社商品の品質を保証するという方向性が確立されました。
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Q. Good Design Award2010の一次審査に合格し、Good Design EXPO 2010でハイブリッドモンキレンチ-X プレミアムシリーズが紹介されたそうですが?

A.工具を開発するにあたって、仕上げを更に綺麗にしたり商品によっては6色のパターンを用意してみるなど、見た目のデザイン性を意識するということもあります。しかし劇的に形状が変わるというようなことではなく、機能性を追及した先に「機能美」というものがあると思っております。きっとお客様には今までのハイブリッドモンキレンチとハイブリッドモンキレンチ-X プレミアムシリーズとでは見た目がさほど違いが分かるものではないと思います。使ってみてそこに機能的な美しさがあると感じていただければと思っています。弊社としてとりわけグッドデザイン賞の受賞を意識したということはないのですが、初めて出展し、どのようなものなのかを経験できたことは良いことだったと思っております。   P1030758.jpg 

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Q.今後のビジョンをお教え願えますでしょうか?

A.弊社のエビ印は業界では認知度がありますが、業界以外のDIYショップで買い物をされる一般の方にももっと認知していただけるようになるように、ブランド力を強化することと、時代の流れに遅れないようにニーズにあった商品をタイムリーに開発していこうという弊社の方針にそって頑張っていきたいと思います。

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本日はお忙しいところありがとうございました。

株式会社ロブテックス
http://www.lobtex.co.jp/

株式会社ロブテックス お問合せ
lob_info@lobtex.co.jp
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2010年12月22日

兵庫県尼崎市にある丸一興業株式会社【bolda】様に行ってきました

今月の体当たり企画は、兵庫県尼崎市にある丸一興業株式会社【bolda】様に行ってきました。

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今期で50年を迎える丸一興業株式会社様。
木箱を使用した梱包業を主な事業として展開されてきた中で、木箱での梱包だけでは時代の流れに乗っていくことはできないという企業方針のもと、強化段ボールを使用した梱包物の軽量化を始めたのが2005年。
それを機に、【bolda"ボルダ"事業】と題しまして、デザイン要素の加わった梱包業だけには留まらない強化段ボールの可能性を引き出す、新たなビジネスを展開されるようになりました。
今回は、新たな事業発足にいたる経緯や、その独創的な事業内容についてお話を聞いてまいりました。 


Q.元々は梱包業を主として事業を展開されてきたとうことですが、どの様な経緯でデザイン&マニュファクチュアリングで新しい提案をするボルダ事業というものが発足されたのですか?

A.2005年に強化段ボールでの梱包を始めると同時に、CAD/CAMを導入し、2次元で強化段ボールを自由自在にカットすることができるようになりました。
 それを使っているうちに、「箱だけではなく別のことでも何かしたらいいのでは?」という想いが生まれてきたんです。
 その時にCADを扱っている社員に小さな子供がおり、すべり台や子供用の椅子や机などを作ってみようということになったんです。
 最初はそれを尼崎で開催される産業フェアのブースに等に展示し、技量を見せて注目度を高めるといったことで扱い出したのですが、2007年にCI(コーポレートアイデンティティ)を実施し、会社のロゴを一新するなどイメージ戦略を進めていくなかで、デザインというものに目が向くようになったんです。
 今までは梱包一筋ということでやっていたのですが、徐々に経営をシフトチェンジしCADで切り取ったものに彩りを付け、全く新しい可能性を追求するボルダ事業部を発足するに至りました。
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【CAD/CAM Multi Cutting System】

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【イベントディスプレイ什器】(カットされた強化段ボールがこうなります)


Q.段ボール素材での幼児用遊具作製など、bolda事業はエコロジーも意識した事業ということでしょうか?

A.幼児が使う家具や遊具などは、数年で使わなくなることが多いので、その後の処理に困ります。段ボールであればバラせば通常ゴミになりますし、100%リサイクルも可能です。そういった面ではエコに精通するものでもあると考えております。

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【幼児用すべり台MS1 スベルワニー1】  【幼児用机、いすセット MDC1】


Q.デザインといったものに着眼点をおき、ボルダ事業発足と共に経営をシフトチェンジしてきましたが、今現在これまで続けてきた梱包業と比べるといかがですか?

A.期待していたほどではありませんが、毎年少しずつボルダ事業は成長しています。当社としては新規事業ですが、世の中にあまりないというところで浸透していくのに時間がかかっているように感じています。ローカルなテレビ番組でとりあげられ、Webサイト経由で受注が入り、すべり台や像の乗り物、いす、机などが今までに売れています。遊具自体はさほど儲かりはしないですがPRにもなり、子供や家族にも夢を与え、社員のモチベーションアップにもなっています。


Q.丸一興業株式会社としての今後のビジョンをお聞かせ下さい。


A.今はとにかくこれまでどおりの梱包事業を軸にボルダ事業も戦略を立ててしっかりやっていきます。それに伴い、内部強化として社員個々の能力の引き出しを考え、基本的なことではありますが、社員の評価制度の強化を進め、社員自ら自己増殖していけるような経営をしていこうと考えております。そういったなかでボルダ事業を通じて世の中にない、全く新しいものが創造できればと思っております。


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本日はお忙しいところありがとうございました。

丸一興業株式会社 ホームページ
http://www.maruichi-pack.co.jp/

bolda事業 ホームページ
http://bolda.jp/index.html

bolda事業 オンラインショップ
http://www.maruichi-pack.co.jp/goods/goods1.html

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2010年11月24日

大阪府枚方市にあるトーヨー電子製作所に行ってきました

今月の体当たり企画は、大阪府枚方市にあるトーヨー電子製作所【マサノヴァアート】に行ってきました。
産業廃棄物として山積みになっている不要部品を再活用し、ストラップ等のアート作品を創造し続ける、代表取締役田中潤社長。
趣味で制作していたものが、近年では複数の大手量販店で販売されるアート作品になり、その独創性は度々テレビ取材を受けるようになり、注目度が高まってきました。
今回はその個性溢れる商品誕生のエピソード等、色々とお話しを伺ってきました。 

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Q.社名はトーヨー電子製作所ですが、起業当時から産業廃棄物を再利用したストラップなどのユニークなものづくりをしていくといった構想はあったのですか? 

A.元々は1972年に私の父が東大阪市でトーヨー電子製作所を設立し、大手メーカーの下請けとして白物家電の組み立て・試作・設計・解析などをしていました。
しかし、そういった仕事は徐々に中国等に流出していくようになり、10年程前に終わらせました。
一方私は電子機器を扱う仕事をしていたのですが、そこで日々産業廃棄物として処分されていく部品を疑問に思い、何か新しいことは出来ないかと思ったんです。
家業が電子機器を扱う環境であったので、私のまわりにはいつも電子部品や工業製品があり幼い頃からおもちゃ代わりに遊んでいました。
工業高校電子科卒〜芸術短大と進み、電機・電子のこと、芸術・アートのコトを学んできていたので、気がついたらそれらの産業廃棄物を再利用し、色々なものをつくり初めていました。
それが1993年でトーヨー電子製作所のブランド、【マサノヴァアート】の始まりです。


Q.近年、エコブームが巻き起こっていますが、1993年、そのブームよりももっと早期にエコロジーなリサイクル活動の要素を含んだビジネスに着手されていたんですね。

 

A.マサノヴァアートは、よくエコグッズだと認識されるのですが、すべてがリサイクル素材で作られているのではなく、新しい素材も使いながら制作しています。
なぜならリサイクル素材だけではマサノヴァ・アートの商品として完成しないからです。

廃材として捨てられていく部品。例えばパソコンのキーボードのキーボタンの形をとってみても、企業のデザイナーが知恵をふりしぼり、すでに素晴らしい形状としてデザインされたものなんです。
リサイクル・エコのために産業廃棄物・処分されていく物を使った商品を作るだけでなく、そこに素晴らしい素材・デザインがあり、ただそれを利用したというだけで…しかし、結果的にそのことがリサイクル・エコにつながっていればとてもよい事だと思います。


Q.具体的にどういった部品がどのような商品になるのですか?

A.これらの素材が
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このようになり、ストラップ等に生まれ変わります。
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Q.マサノヴァアートでは今後はどのような展開を構想していますか?

A.有名メーカーとのコラボレーションを考えています。
例えば、衣料メーカーとコラボレートし、衣服を製造する際に出る産業廃棄物、布の切れ端などを使用してデザイン物を創造し、ビジネスにしていく等のことを考えております。
しかし、そういった大きなところと一緒にやれるようになるには、もう少し実績を積む必要があると考えておりますので、今やっていることを地道に積み重ね、もっと多くの人にマサノヴァアートが認知されるように努力しようと思っています。
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今日はお忙しいところ取材に応じていただき、ありがとうございました。


トーヨー電子製作所【マサノヴァアート】ホームページ
http://www.massanova.com/

マサノヴァアート・ネットショップ
http://massanova.ocnk.net/

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