2011年06月22日

大阪市にある株式会社フジ医療器様に行ってきました。

今月の体当たり企画は、大阪市にある株式会社フジ医療器様に行ってきました。
大型家電量販店に行けば、多くのメーカーのマッサージチェアがずらりと並んでいて、
試しに座ってみて、気持ち良さのあまり長時間そこに居座ってしまったことはありませんか。
そのマッサージチェアを世界で初めて量産を開始し、現在「目指すものは心のマッサージ」のスローガンのもと、販売シェアNo.1を誇るのが株式会社フジ医療器様です。
歴代の代表がゼロから業界を創り、数百億にまで成長させてきた歴史を引継ぐ、
代表取締役会長 木原定男様が株式会社フジ医療器様のものづくりについてお話くださいました。
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Q、御社の世界初であるマッサージチェアはどのように誕生したのですか?

A、弊社は1954年、昭和29年の戦後間も無い時期に、創業者である故・藤本信夫が大阪市阿倍野区阪南町に「フジ医療器製作所」を開いたのがはじまりになります。
銭湯にタイルを洗うブラシ(たわし)を販売していた藤本信夫が銭湯の脱衣所をつかって何かできないかと考え、マッサージ器の開発に着手したんです。初期の試作品は“ゴミの山から”ボールやチェーン等の材料を集めてきては組み立てるといったものだったんです。その試作品をもとにマッサージ器を開発したのが最初です。

Q、販売台数が伸びてきたのはいつごろですか?
A、当初は主力商品であるコイン式のマッサージ器を置いてもらうためにリヤカーに積み込み、銭湯の煙突を目印に街を歩き回って営業活動をしていたそうです。使うお客様も初めて見るマッサージ器がどのようなものか分からず、座って動き出すまでは顔がこわばっていたそうです。しかし一度体験すると、非常に心地よい表情になり好評を得たんです。そして次第に「ウチで売らせてほしい」といった問合せが多くなったんです。
着実に売上を伸ばしていきましたが、1970年の大阪万博が終わった頃「家庭でもマッサージチェアを使用したい」というお客様の声から、家庭用のマッサージチェアの開発・販売へと進んでいきました。
販路が広がり一般家庭となったことによって、テレビショッピングでの販売も行いました。60秒の放送を一日30回。一番よく売れた時期で、一回の放送につき東京で80台、大阪で60台ほど売れました。それが30回ですので、生産ラインもフル稼働で良い時代でしたよねえ。機能面も叩きと揉みが一台でできるようになり、しかもそれが安くなり、テレビショッピングという当時新しい売り方がマッチしたんです。
しかしそういった劇的に売れる時代というのは長くは続くものではなかったです。

Q、営業職を経て会長に就任された木原様ですが、営業時代に印象に残る事柄や苦労したことは何ですか?

A、苦労をあまりしてないので、苦労話といわれても・・。笑
というより、苦労は明日の糧になるものなので、苦労と思ったことがないんです。
貧乏生活をしたこともありますが、それも苦労とは思っていません。
私は1968年に入社し、新入社員研修もないなか、まず三重県の鳥羽に営業に行かされました。どうしたらよいかわからなかったんですが、6台のマッサージチェアが売れました。商品の認知度がまだ低かったので、それを知ってもらうためにとても努力しました。
口コミを広げるために、まずは大きな旅館などから営業し、最初は無料で置かせてもらって1ヵ月後くらいに再訪問し、料金箱にお金が入っているのを見せ、お客様に喜ばれていることを見せて提案していました。そのような営業を継続しているうちに旅館にマッサージチェアを置くことが評判になり、まだ置いていない旅館・温泉場などに提案していき、売り上げを伸ばしていきました。

あと印象に残った事柄で勉強になったと感じたのは、若かった頃、小売をしていた時代に「この人は買ってもらえるな。この人は買ってもらえないな。」ということを、お恥ずかしい話ではありますが、服装など身なりで判断していた時期があったんです。
とても反省しているのですが、買わないだろうなと思ったお客様には対応がいい加減になったこともありました。
ある日、絶対買わないだろうなあと思った方に、それを表すような明確な対応をしてしまったことがあったんです。しかしその方はマッサージチェアを値段も聞かずに1台ポンと買っていったのです。
後で分かったのですが、その方は当時の某大手企業の副社長でした。
まずい対応だったので納品の時に、そのことを正直に謝ると、その方は全くそんなことを気にもせずに、商品を喜んでくださいました。そして“良い商品だ”ということで、次から次へとお客様も紹介してくださいました。
自分の接客を見つめなおしたと同時に、やはり“良い人に物を売りたい”と思いました。
“類は友を呼ぶ”ではありませんが、紹介してくださった方は皆ほんとうに人として、器が大きい人柄の良い人ばかりでした。

Q、株式会社フジ医療器の会長として大切にしている思想や行動は何ですか?

A、一番大切にしているのは「約束を守る」ということですね。とても基本的なことですが、たとえば、ねじ一本で送料は500円かかるようなご注文でも確実に素早く対応する。お客様はちょっとしたことでも全て覚えているので、このような誠実な対応が信頼、長いご愛顧につながっていくと考えています。
そして、「人との出会い」も大切にしています。何十年も取引のなかったお客様でも、自分のことを覚えてくれていることはとても嬉しいこと。自分自身も出会った方々とのつながりを大切にしています。

Q、個人的に今一番、興味を持たれていることは何ですか?

A、IT系・通信系の新商品にはよく興味を持ち、実際に買って触ってみて、その商品が何故ヒットしているのか?そういうことを考えることが好きなんです。
初心者でもすぐに楽しめて、上級者も飽きない商品が、非常に魅力的に感じます。

-----インタビュー終了------
木原様は取材が終わったあとも、冗談を交えながらプライベートなことなど同じ目線で話してくださいました。マッサージチェアに座らせていただいたわけではありませんが、お話させていただいて、とてもリラックスしている自分がいました。「目指すものは心のマッサージ」その信念が人柄に表れているように感じた取材となりました。

【株式会社フジ医療機】
http://www.fujiiryoki.co.jp/

【オンラインショッピング フジ医療機モール】
http://www.fuji-mall.com/

posted by Factory-ONE 電脳工場 メールマガジン編集者 at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 突撃取材