2011年05月25日

大阪市にある株式会社柴田ゴム工業所様に行ってきました

今月の体当たり企画は、大阪市にある株式会社柴田ゴム工業所様に行ってきました。
最近ではすっかり見かけなくなったゴムボールのおもちゃ。
ビニール製の安価なボールに押されつくり手も減る一方。
世の中からゴムボールのおもちゃが消えようとしています。
株式会社柴田ゴム工業所様は、その希少なゴムボールをつくりつづけることにこだわる会社です。
どこか温かみがあって懐かしい。その“古き良き”を守る心意気を代表取締役である柴田純司様にお話しを聞いてまいりました。
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Q、最近ではあまり見られなくなったゴム製のボールですが、どういった経緯で作るようになったのですか?
そして今もなおゴムボールにこだわって製造しつづける理由は何ですか?

A、私の父が昭和21年に創業し、私はその翌年に工場であり住まいでもあったこの家で生まれ育ちました。いまでも防空壕がある古い建物です。
元々は先代が鉄工所をやっていたのですが、戦時中に鉄砲の弾などを作らされるようになってから、いっきに嫌気がさし閉鎖したんです。
戦後スポンジのボールを手で練って作りだしたのが最初で、その流れでゴムボールを作るようになり、私が継ぐようになりました。

ビニール製のボール等、海外から入ってくるものには材料費などの問題もあって、太刀打ちできないなあというのが正直なところです。
しかし、昔の駄菓子屋さんに置いてあった100円や200円で売られているようなゴムボールは、弊社が製造をやめてしまうと無くなってしまう気がするんです。そうなるのがとにかく嫌な気がするんです。
そういったことでずっと続けていますが、今でもゴムボールを置いてくれる雑貨屋のお婆さんが、ビニール製のものに比べて遥かに利幅の低いゴムボールをお店においてくれて、納品に出向いたついでに缶ジュースをもらったりするととても申し訳ない気がします。笑

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Q、ゴムボールが一番景気良く出荷されていたのはいつ頃でしたか?

A、プラザ合意が発表され、為替が変動相場になるまでは良かったんです。
それまでは3拠点を有し、大手メーカのボール部品の製造やバッティングセンターにも多くボールを納品して利益をあげていましたが、今では1拠点になりその頃の10分の1ですわ。笑
一番売れていたのは・・そうですねぇ・・孫の手についている肩たたき用のゴムボールでした。実はあれを最初に作ったのは弊社です。
何かの番組で、あれを作ったのはどこかの○○が最初だということを言ってましたが、あれは嘘ですね。笑
最盛期の時には全国のお土産屋にあるその肩たたきボールは全て弊社がつくったものでした。
しかし、100円均一ショップが登場しだすと一気に発注は止まってしまいましたね。
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Q、情熱的にこれまで続けてこられたという感じがとても伝わってきますが、ただ単に儲けるためというより、他にもっと何か大切な志をお持ちになられてるように思いますが?

A、お金はそりゃ儲けたいですよ。笑 でも大手企業の方から、中国にわたってゴム製品の工場長としてやってくれと頼まれたことがあった時に、この工場をたたんでという条件でしたのでそれは断りました。
そうなるとやはり私は儲けるということを第一としてゴム製品を作っているということではないようで、工場の従業員さんを経営者として守らなければいけないということも勿論ありますが、やはり日本の子供たちに昔ながらのゴムボールを残しておいてあげたい。
今でもそういった昔ながらのやり方で作っている場所がありますよということ知ってもらいたい。
色々なことでテレビの取材等がよく来ますが、全てオープンにさせていただいています。
そういったことが一番の目的としてありますので、やはりそのお話を受けることはできませんでした。

今年に入り、東日本大震災がありましたが、版権の関係で売りものとしては出すことが難しいアニメのキャラクターの版をボールに印刷し、被災した子供たちが遊べるようにボランティアとして無料で、持っていってもらいました。
経営は苦しいですが、子供たちを笑顔にしたい。そういった気持ちのほうがやはり強いみたいです。

Q、今後、挑戦していきたいことは?

A、これは少し自慢になりますが、弊社で作っているゴムボールがJAXA(宇宙航空研究開発機構)の衛星はやぶさ回収時の衝撃吸収素材として採用されたんです。
こういったプロジェクトに関わることが今後もあるなら、また挑戦してみたいと思っています。
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【株式会社柴田ゴム工業所】
http://www.shibata-gum.com/

【ゴムボール 製造過程】
http://www.shibata-gum.com/rubberball/process.html

posted by Factory-ONE 電脳工場 メールマガジン編集者 at 09:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 突撃取材
この記事へのコメント
勝山で1943年生まれ、子供の頃マリに関わっていました、二枚のゴムにヘソを付けて貼り合わせ、釜にいれ、でてきたまりの継ぎ目をバフで、みがきます。がらに入れモーターのスイッチを入れて廻し、粉をふるいドンゴロスに数えていれます。今はどないかな?柴田さん、近いのでみたいです、はやぶさの件は、当時テレビで見て、頑張って欲しいと思っていました(^_^)
Posted by ようこ at 2014年11月29日 16:34
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